2014-01-02

実現不可能な夢であっても、それを見続ける歪んだ方法とは


世の中に広まっているカルト的な嘘がある。あなたも以下のようなセリフを聞いたり、読んだりしたことがあるはずだ。もしかしたら、それを信じ込んでいるかもしれない。

「人間は誰でも無限の可能性がある」
「自分の能力を信じる」
「誰でも強い願望を持てば成功することができる」

現在では、こういった幻想が危険なまでに強く吹き込まれていて、多くの人がそれを真に受けている。しかし現実的に考えれば、それは嘘であるとすぐに分かる。

運動神経の善し悪し、体力は個体によって歴然としてある。感性の鋭さ、分析力、知性は人によって最初からまったく違う。

人間は生まれながらにして平等ではなく、どんなにその人間が努力しても他人に劣る部分では挽回できないことが多い。努力は重要だが、努力は万能ではないのだ。

しかし、誰もそれを検証しないし、自分に限っては無限の可能性があると頑なに信じ込む人もいる。他人はともかく、自分に限っては限界はないと狂信する。


誰もが自分は超人ではないという苦い現実を悟る


大多数の「普通の人」は、生活をする中で現実を悟る。いくら自分に可能性があると思っても、現実はそんなに甘いものではないと身をもって知る。

つまり、「自分には無限の可能性がある」というのは嘘であると分かってしまうのである。

それでも世に出ている成功本と言われるものは、「誰でも強い願望を持てば成功することができる」と煽り立てる。

それがことごとく破綻しているのは、若年層の約半分が非正規労働者や無職で推移している結果を見れば分かる。大半の人間は、誰も自己実現などしていないのだ。

そして、悩んだあげくに、現実の自分と折り合いを付けて、それを受け入れる。要するに大人になっていく。

20代を過ぎる頃になると、だいたいの人が、理想の自分と等身大の自分のギャップに戸惑い、思い悩みながら、自分の本当の姿を悟る。

もちろん、どうしても現実が受け入れられない若者も出てくる。しかし、世の中には、夢の実現の途中に必ず競争や、選抜が待っている。

そこで、ほんの一部の人たちを除いて、大多数が蹴落とされてしまうのである。そして、誰もが自分が超人ではないという苦い現実を悟り、目が覚める。

誰もがそうやってたくさんの挫折を繰り返して、自分の中にあった誇大妄想を消していく。

自分の現実の姿を認識し、実は自分には「何もない」ことを認識して、やっと地に足の付いた努力が始まっていく。遅かれ早かれ、人は誰でもそのような人生を歩んで行く。

大多数の人は、夢を実現することはできない


自分の夢を他人が実現する姿を、多くの人は見つめて生きるしかない。圧倒的大多数の人は、夢を実現することはできないし、その糸口をつかむことすらもない。

普通は、「人間は誰でも無限の可能性がある」と信じたまま生き続けることはできない。誰でも現実を突きつけられて目が覚める。

しかし、理想の自分や自分が実現できると信じている夢を、「決して覚めない夢」にする方法を見付ける若者も中にはいる。

この方法を使えば、どんなに実現不可能な夢であっても、それを見続けることができる。自分は大物だと最後まで勘違いをしたまま生き続けることができる。

やり方は簡単だ。

完全に競争を避け、選抜を回避し、舞台から降り、絶対に現実に出ない。

そんなことが可能なのか? 実はそれが可能であることは、60万人以上もの「引きこもり」が証明している。彼らは社会から完全に切り離されており、部屋に籠もりきりになり、他人と会わない。

そうすることによって、「自分もやればできる」と、自分の才能を信じたまま日常を送ることができる。

「引きこもり」になることによって、競争から切り離され、他人と比較されることもなくなり、夢が破れたり、挫折して傷ついたりすることもなくなる。

世の中から徹底的に逃げることによって、自分の無限の可能性という虚構を守ることが可能になる。

そして、現実感を失い、虚構の世界で空想と妄想を膨らますことができるようになる。それは、歪んではいるが「夢を持ち続ける方法」のひとつである。

できる限り、客観的に自分を見つめる視点を持つ


引きこもりになって、社会と自分を隔絶させて、妄想に耽りながら生きていく……。

そうすれば、「人間は誰でも無限の可能性がある。自分も努力すれば、一流になれる」と夢を持ち続けることができる。

それは間違いなく「歪んだ自己実現」なのだが、他人と触れ合うことを避ければ、それが可能になる。身の程を知らなくても、永遠に夢を見ながら生きていくことができる。

「人間は誰でも無限の可能性がある」というカルト的な発想を疑いもなく信じ込んでしまうと、現実感が喪失してしまう。自分の真の姿が見えなくなって、自分の人生を見失う。

重要なのは、夢から醒めて、本当の等身大の自分を客観的に見つめ、自分には何があって何がないのかを知り、そこから人生をきちんと組み立てていくことだ。

夢を見るのではなく、現実を見なければ生きられない。現実に戻らなければ自分の人生を踏み出すことはできない。

現実に揉まれる中で、自分の伸ばせると思う才能の欠片(かけら)を拾い出して、それをどうにかして伸ばすしかないのである。

「自分には無限の可能性がある」と夢みたいなことを思ってはいけない。現実には、有限の可能性を何とか拾い出して、それを苦心惨憺して伸ばすしかないのだ。

自分が超人であると思い込んではならないし、そう思い込むことが不幸を生み出す。しかし、自分を必要以上に卑下する必要もない。

自分が馬鹿だとか、愚かだと思い込むのも、自分の可能性が無限だと思うのと同じくらい有害だ。

最も重要なのは、できる限り客観的に自分を見つめる視点を持つことだ。自分の弱みと強みを状況を見つめて、客観的にどうすれば一番いいのかを現実的に選択する能力を持つ。

自分にない才能を「無限の可能性がある」とか「願えば叶う」とか言っているようでは、人生は終わりだ。

自分に残された才能を客観的な目で見つけて、その才能を必死で生かせば、何かいいことがあるかもしれないと思うくらいでちょうどいい。



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