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2013-09-07

204倍もの格差の中で自由競争しても、一生勝てないのが現実


絶対に競争に勝つ方法がある。絶対に負けない方法がある。常に、自分よりも弱い者と競争すればいいだけだ。

圧倒的に相手が弱い場合のみ、わざと勝負を持ちかける。そして、相手をその気にさせたり、競争に追い詰めたりして競争する。そうすると、絶対に勝てる。

自分が絶対に勝てる弱い相手を捜し出して、そこで「自由競争しなければならない」と競争原理を持ち込み、そして競争して勝つ。勝ったら、相手から奪う。

大資本と小資本が戦ったら、大抵は大資本が小資本に勝つ。たまにそうではないケースもあるが、それはかなり例外的なものだ。大資本は、常に小資本を叩き潰してきたのである。

ひとことで大資本、小資本と言うが、その差は大人と子供以上の体力差がある。たとえば、売り上げ100億円の企業と売り上げ1000万円の企業では、1000倍も規模が違う。

この1000倍のハンディを持ってまともに戦って勝つというのは、基本的に不可能である。しかし、資本主義では1000倍どころか1万倍、10万倍の規模の違う企業が競争することになっている。


勝っている人間が、世の中のカネを総取りする社会


制限のない「自由競争」が社会に持ち込まれると、最終的には強者がすべてを総取りする異様な社会になる。

アメリカは資本主義の自由競争を徹底的に推し進めたが、その結果「勝者総取り」の社会になって中流階級が崩壊した。

この「自由競争」はグローバル化という流れに乗って、全世界に広がった。世界規模で自由競争が始まり、あらゆる国で格差が深刻化している。

学者の世界でも、スポーツの世界でも、エンターテイメントの世界でもそうだ。すべて、「激しい自由競争」の中にある。そして、すべてに圧倒的強者と膨大な敗者のある世界を生み出してきた。

その自由競争が限度を超えて進むと、どうなるのか。

やがて勝者がすべてに勝ってますます強くなり、弱者はすべての競争に負けてどんどん追い詰められていく。

絶対に敗者が浮かび上がることが不可能な、完全に二極分化する社会となる。

ところで、現在は「資本主義」であるので、人はカネを持っているか持っていないかで、否が応でも「区分け」される社会になっている。

カネがすべての世の中ではないのだが、カネで人間性が判断され、勝ち組なのか負け組なのかが決まっていく。

だから、資本主義の中で「勝者総取りの社会になる」というのは、すなわち勝っている人間が世の中のカネを総取りし、敗者はどんどん貧困化するという意味になる。

今、まさに私たちの目の前で起きているのが、自由競争による格差の二極分化なのである。



資本主義での競争とは、勝っている人間がカネを総取りするということ。

いよいよ資本主義も、末期に近づいて来ている


私たちはグローバル化した資本主義の中で、カネをめぐって必死で毎日を生きている。このカネを巡る自由競争で負けると、もう這い上がれない。それほどの格差が開くからだ。

競争が成り立つのはそれぞれの個体の力が拮抗しているときだけである。誰かが一方的に勝ち始めると、競争は成り立たなくなっていく。勝者がすべての競争に勝つからだ。

競争が成り立たなくなるときが来るのである。それでも競争主義を推し進めると、たったひとりの勝者が社会の上部に君臨して、あとは奴隷になる。

20世紀はこの自由競争によって社会がうまく機能してきた。工業は、この競争によって品質を高め、生産性を高め、競争力を高め、社会を発展させてきた。

より優れた技術・より優れた科学が、自由競争によって登場してきた歴史がある。

だから、自由競争を受け入れるのは現代人としてはまったく当然のことで、疑う人はどこにもいない。それによって豊かになる人が出てきても当然だと受け入れる。

しかし、これがさらに加速していき、暴走していけばどうなるのか。競争に勝つため、より豊かになるため、何でもする人や企業が現れる。

そういった人や企業が、ありとあらゆる手段で圧倒的な強者としてのし上がり、やがてはすべてを手に入れる。

すでに様々な分野で勝ち上がった者だけがすべてを手に入れる社会が到来している。これがグローバル化して世界的な潮流となり、世界全体が格差化する。

格差が凄絶なまでに開き、全世界の人間がまとめて貧困化してしまうまでそれは続いて行くはずだ。



もうこの格差社会は、勝負がついている


2013年5月、ブルームバーグは最高経営責任者と一般労働者の賃金格差は204倍になったと報道している。これは、フォーチュン500に選出されている大企業の平均から割り出したものだ。

204倍とは、どれくらいの差になるのだろうか。

たとえば、年収500万円の賃金をもらっている労働者の204倍と言えば、10億2000万円である。

年収500万円の人がもらった500万円をすべて貯めて10億2000万円にしようと思ったら、204年かかる。比喩でも何でもなく、本当に最初の1年で204年分の格差があるのだ。

2年目になると、2年で1000万円になった一般労働者を尻目に、最高経営責任者の方は20億4000万円で、その差は20億3000万円になる。

1年ごとに10億円分の格差が広がっていく。いくら一般労働者が真面目に働いても、この差を埋めることは絶対に不可能だ。

204倍の格差の中で自由競争は、一生勝てない競争である。

競争とは、お互いに相手とフェアプレイで戦って、互いに成長するためのものだった。今の社会は、そうではない。強い者だけがすべてを独占する。

もちろん、事業が成功したり何らかの才覚があって成り上がる人間もいる。しかし、それはほんのわずかだ。ほとんどの人間は奪われる立場にあるのだ。

まさに、末端のアメリカ人が言う通り「1%の金持ちと、99%の貧困層」の世界になる。

そして、持つ者と持たざる者の差が極端なまでに広がったとき、もはや競争そのものが成り立たなくなっていく。

今、私たちが知らなければならないのは、もうこの格差社会は勝負がついているということだ。今、金持ちではないのなら、この先は永遠に金持ちではない確率が高いということである。

普通にやっていると、どんなに埋めようといても埋めがたい格差が信じがたいまでに開いていって、それがさらに突き進んで行く。

それが、今の社会の姿である。





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