2013-01-06

学歴社会は「企業による復讐」だと気づいている人はいるか?


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後進国の底辺社会をさまよっていると誰もが感じることは、人々が「生きるために必死で稼いでいる」ということだ。

社会基盤や行政や福祉がまったく整っていなかったり、何らかの理由で社会から見捨てられていたりして、彼らにはまったく政府の庇護がない。

生活保護もなければ、年金手当もない。何もない。だから、稼げなければ、比喩でも何でもなく飢えて死ぬしかない。

そのために、「生きるために必死で稼ぐ」ことになる。

こういった人たちを見て先進国に戻ってくると、今度は人々が「稼ぐために必死で生きている」ということに気がつく。

先進国では、それなりに社会保障も行政も福祉も行き届いているので、失業したからと言って明日から飢えて死ぬような目に遭うことはない。最悪の場合は失業保険も生活保護もある。

しかし、生活を維持するためには必要最小限では困る。それで多くの人が「稼ぐために必死で生きる」ことになる。


会社に飼われている家畜が自分たちの正体


生きるために、必死で稼ぐ。
稼ぐために、必死で生きる。

いずれにしても、資本主義の世の中では、何らかの「稼ぎ」がないと生きていけない。

稼げる金額の額は別にして、自分の生きている時間の大半は、「稼ぐ」ことに費やす必要がある。

だから、人は働くのだが、多くの人は「誰かに雇われて働く」ことを選択する。なぜなら、それが最も確実に、そして安定的に収入が入ってくるからだ。

日本人は働いている人たちの8割はサラリーマンなので、別の言い方をすると、8割の人が誰かに雇われて生きているという言い方ができる。

誰かに雇われて働くというのは、世界中で長い実績があって、「そうすることが当たり前」とさえ思われている。誰もがそうしているので、あなたもそうしているのかもしれない。

しかし、よくよく考えると、それは絶望的な状況に陥れられていることに気がつく。

この生き方をすると、誰かに自分をコントロールされることを余儀なくされるからだ。

私たちは金が必要なので、金をもらうために、他人が自分を支配するのを許すのである。それが、雇われて生きるという生き方の本質だ。

以前、「社畜」という自虐的な言葉がサラリーマンの間で使われていたことがあった。「会社に飼われている家畜」が自分たちの正体だという自虐だった。


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