2012-09-03

キリストの生まれ変わりを主張する人間は心の底から詐欺師


この世には神はいない。神は人間が作り出したひとつのコンセプト(概念)であり、アイデアであり、妄想だった。聖書に書いてある天地創造も人類創生も馬鹿馬鹿しい妄想だ。

キリストの母親が処女懐妊したというのも常識的・科学的にあり得ないし、キリストが死者を生き返らせたというのもあり得ない。

また磔にされて死んだキリストが生き返ったというのもあり得ない。

聖書に書かれているからあり得ると言われても、聖書は事実と科学と常識を重視した歴史書ではない。

哲学書や娯楽小説として読むのであれば面白いかもしれないが、それを心底信じるというのは頭がおかしい人であると思われてもしかたがない。


胡散臭い詐欺師が「教祖」になる


そういうわけだから、「自分がキリストの生まれ変わりだ」と言っているような人は、心の底から詐欺師だと単純に考えても間違いはない。

まして、キリストの生まれ変わりだと他人に信じさせて、信じた女性を手込めにしたり、自分の精液を飲ませたりするような教団を作ったというのであれば、それは危険な精神異常者と考えるべきだ。

「カルト」とはそんな人間が作り出した集団であり、組織である。

常識を持った人間には、こんな胡散臭いものを信じる人がいるのが不思議だと思う。

しかし、人間は弱い存在だ。洗脳のテクニックを使われると精神が崩壊してしまう。

人間性を奪われて、頭に目の前の胡散臭い詐欺師が「教祖」だと考えを強制的に植え付けられるのである。

そして、その洗脳テクニックと組織運営に卓越した才能を持つカリスマ教祖が生まれて、世の中の裏側で増殖していくことも珍しくない。

統一教会もそのようなカルトのひとつである。その創始者である文鮮明は、宗教組織にも関わらず反共を標榜し、政治家をカネで懐柔して取り込み、組織をどんどん拡大していった。

そして、多くの国でカルト認定されているにもかかわらず、この胡散臭い宗教集団を大組織に仕立て上げて全世界で300万人もの信者を集めるに至った。

統一教会の文鮮明。2012年9月3日、92歳にて死亡。

しぶとく生き残ることのほうが多い


2012年9月3日。文鮮明が死んだ。92歳だった。今まで何度も死亡したというデマが流れていたが、今度の今度こそ本当のようだ。

この男が死亡したことによって今後の統一教会がどうなるのかは誰にも分からない。

創始者の神格化が行われてさらに組織が成長していくのか、教祖を失ったことによって内ゲバが発生して内部分裂や崩壊が見られるのか、部外者には何も言うことはない。

本来ならば、このような異常なカルト集団は法の力で解散させるべきだ。しかし、こういった組織のほうが政治家をがっしりと取り込んでいるのでしぶとく生き残る。

政治家はいつでもカネになびき、カネを与えてくれる人間の言うことなら何でも聞くという特性がある。

だから、信者を洗脳して奴隷状態にしてカネを吸い取っているカルトのカネでも、政治家はそれを受け取って逆にカルトの保護に回っていく。

ミット・ロムニー大統領候補者が属しているモルモン教もまたキリスト教のカルトとして出発した宗教だったが、創始者が死んでからも生き残って勢力を伸ばしている。

だから、インチキ臭い創始者が死んだからと言って、統一教会というカルトが崩壊するとは限らない。

世の中にはカルトという異常集団が、それこそ星の数ほどあるのだから、重要なのは、カルトのワナに落ちないように人生を生きるということだ。

カルトのみならず、胡散臭い組織に関わらない簡単な方法は、「この世には神はいない」ということをしっかりと覚えておくことである。

神は人間が作り出したひとつのコンセプト(概念)である。いわば、単なる「妄想」だ。

最初から信じていなければ、目の前の人間が真顔で「神が」と言い出したら「頭がおかしい人がいる」とすぐに察知できる。

あれこれ適当なことをでっちあげる


カルトは「集団洗脳」の世界である。

南無妙法蓮華経を数万回唱えれば極楽往生だとか、マントラを108回唱えれば覚醒して別の次元に入るとか、カルトの教祖はあれこれ適当なことをでっちあげる。

そして、適当なものであるにも関わらず、それを定理だとか理論だとか真理だとかと呼ぶ。

自らを権威付けし、物事や文化を都合よく解釈し、ありとあらゆる手を使って相手を洗脳しにかかる。

そして、それを信じない人間を悪魔呼ばわりするか、偽預言者呼ばわりするか、あるいはゴイム(家畜)扱いする。

「信じない人間は地獄に落ちる」
「呪われる」
「信じなくても真理は覆らない」

そのように脅し、恐喝し、それを信じなければ殺されても当然だと思い込ませてくる。

人間には、何を信じて何を信じないかという「自由」がある。しかし、カルトはその「信じる自由」を奪う。

自分たちを信じろと言うのではない。無理やり人間の頭の中を変える。人を極限状態において精神的に崩壊させて、カルトの都合の良い世界観を植え付ける。

そして、新しい世界観を植え付けられた人間は、一生カルトの奴隷になってしまう。考え方も、生活も、すべてをカルトに尽くして死んでいくのである。

カルトに属すると若い女性はほとんどが教祖の性奴隷にされるが、人間性が破壊されているのだから本人は何をされているのか分かっていない。

洗脳されるというのは、そういうことなのである。

宗教とは危険思想である


ひとつ考えなければならないのは、カルトではなくても宗教そのものがそのような傾向にあるということだ。

キリスト教やイスラム教や仏教やヒンドゥー教を、心の底から信じている人たちが世界中のどこにでもいる。

わけの分からない終末理論や預言者の存在や陰謀や宗教的神話を信じている狂った人も多い。

しかし、宗教人口が多いので、それが意味がないことであっても、世界をその方向に動かしてしまうこともある。

キリスト教徒の集団であるアメリカもまた似たような終末論を信じている人が大勢いて、そういった人たちも政治的な権利を持ち、自分たちの意見を代弁する大統領を選ぶ。

中には、荒唐無稽なヨハネの黙示録などを信じてアルマゲドン(世界終末戦争)が起きると思い込んでいる。

カルトは往々にしてこのアルマゲドンを持ち出して「自分が救いに来た」と言う。

カルトのように大袈裟に言わないだけで普通のキリスト教も似たり寄ったりのやり方でアルマゲドンを持ち出して、「だからキリストを信じろ」と言ってくる。

宗教は結果的に他人を排除したり殺したりするための理由づけを与えるものであって、決して平和を生み出すものではない。

宗教は差別を生み出し、排除を生み出し、不寛容を生み出し、迷信を生み出す。

現代人は、そろそろすべての宗教を捨てるべきときに来ているのではないだろうか。


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