2012-06-21

17年経っても消えないマインド・コントロールの恐ろしい手口


オウム真理教で指名手配されていた平田信が出頭して逮捕されたのが2012年1月1日だった。

そのあと、菊地直子も6月3日に逮捕され、あとに続くように今度は高橋克也も6月15日に逮捕されるに至った。

数々の凶悪事件に関わって逃亡していた主軸の3名が2012年に入ってから次々と逮捕されることによってオウム事件は再び脚光を浴びている。

地下鉄サリン事件は1995年3月20日、神経ガス「サリン」を使って死者13名、被害者6300人を出した、世界でも類を見ない凶悪犯罪だった。

指名手配されていた3人はすべて、この事件に関係していた。彼らは責任を取らなければならない。6300人の苦痛はまだ癒えていないはずだ。


いまだ多くの人たちを「呪縛」している


オウム事件は日本にカルトという気味悪いものが存在することを広く知らしめた事件でもあった。

その中に常に注目の的になっていたのが、「洗脳」「マインド・コントロール」の実態だ。

洗脳された信者たちが次々とテレビに映されて、人間はここまで強固にカルトの思想を信じ込んでしまうものなのかと多くの人たちが驚きの目で見つめた。

では、この17年間も逃亡してオウム真理教とは「切れていた」逃亡者は、すでにマインド・コントロールから覚めていたのだろうか?

菊地直子はどうだったのか。

彼女の潜伏していた神奈川県相模原市の民家からは、教団の教義や修行の方法などが書かれたメモが押収されていたのだという。ルーズリーフ20数枚に、修行の方法が彼女自身の手で書かれていた。

「信仰心は徐々に薄れていったが、捨てられなかった」

それが菊地直子が捜査官に語った言葉である。

高橋克也はどうだったのか。

高橋克也は6月3日に逮捕されたニュースを見た翌日、手元の持ち物と金を持って逃走していたが、その際に大きなキャリーバッグを持っていた。

そのキャリーバッグの中には何が入っていたのか。「オウム真理教関連の書籍十数冊が入っていた」と捜査本部は発表している。

自分の人生を狂わせた殺人カルト団体から離れて17年後になっても、まだそんなものを持ち歩いて思想的に「切る」ことができなかったのである。

「洗脳」「マインド・コントロール」がいかに「解けない」のか、その破壊的な影響力を、菊地直子や高橋克也に見ることができる。

この2人だけではない。

松本智津夫(麻原彰晃)の家族が引き継いだ「アレフ」では、すでに1000名を超える信者を抱えて再膨張していて、他にも多くのマインド・コントロールが解けない残党が残っているのだという。

オウム真理教が行ったマインド・コントロールは、いまだ多くの人たちを「呪縛」しているということが分かる。




誰が最初に「洗脳」を始めたのか?


日本にはオウム真理教の他にも、問題を引き起こしている宗教が山ほどある。アジアにも山ほどカルト教団が存在する。

教祖に徹底服従させて、有り金をすべて吸い取るのがカルト教団の手口だ。

キリスト教を隠れ蓑にして、実は「教祖」に性的奉仕をさせるような吐き気がするような薄汚いカルト教団さえ、珍しくない数で存在する。中には未成年の少女に性奉仕させるようなものまであった。

そのほとんどが洗脳(マインド・コントロール)を取り入れているのは見逃せない事実だ。

洗脳とは何か……。

洗脳という言葉は中国語から来ている言葉である。脳を洗う。そして真っさらになったところで、新たな思想を植え付けて改造する。

中国ではこれを共産主義の強制に使った。だから、この言葉は中国から発祥した言葉なのである。

この「思想教育」「強制人間改造」は権力者にとって自分の都合良い人間を作り上げるのに必須の技術であり、だからこそよく研究されて様々なところで「利用」されている。

洗脳はカルト教団が作ったのではなく、「国家」が「国民」を奴隷化させるために作り上げたものだったのである。

独裁政権、あるいは全体主義国家にとって、多様な意見や、反対者や、インテリの国民は常に「邪魔」であり、そういった人間を何とか奴隷化させる必要があった。

そこで、「洗脳」という方法が開発された。


中国共産党国家と、子供たちのマスゲーム。洗脳とは、実は中国語から来ていた言葉だった。

ポル・ポト政権も強烈な洗脳政権だった


東南アジアでも最大のジェノサイド(民族大虐殺)を引き起こしたカンボジアのポル・ポト政権も、政権を取った後に真っ先に行ったのは国民の「洗脳教育」だった。

子供たちは親から引き離されてオンカー(ポルポト政権)の徹底忠誠を叩きこませ、原始共産主義の思想を刷り込み、政権の指示するがままに動かした。

まさに子供の真っ白な脳をいいように「利用した」とも言える。

その子供たちが大人になっていくと、もはやオンカーに忠誠を尽くすのが当たり前になって他の考え方ができなくなっていた。

だから、ポル・ポト政権が崩壊してからもずっと彼らはポル・ポトを支えたのだった。そして、ポル・ポト派は長らくカンボジアのパイリン地区を支配できた。

ポル・ポト政権は実に極端な例だったのだが、共産主義国家では洗脳や思想改造という薄気味悪いことはどこでも行われてきた。だからこそ、共産主義というのは恐ろしかったのである。

もっとも、国家が邪魔な人間を排除するために、国民を画一化させて思想の自由を奪って、為政者に都合のよい考え方をするための方法論は、その非人道性から成功するに至らなかった。

しかし、この方法論に目を付けて、個人崇拝に使えると考えたのが詐欺師たちであり、彼らは適当なカルト教団をでっち上げて、それを信者に対して試みるようになった。

現在では、この「洗脳= Brain washing 」は共産主義者を作り上げる手法というよりも、宗教でマインド・コントロールされた信者を作り上げる手法として知られるようになった。

最近では「洗脳」という激しい言葉はあまり使われず、マインド・コントロールと言い換えられているが、どちらも実体は同じだ。

マインド・コントロールというのは、「強制思想改造」というよりも、むしろ無意識に人間を洗脳状態にさせる手法が使われているとして、実はより悪質なのではないかとも言われている。

どこのカルト教団でもそれをやっているが、日本ではオウム真理教がこういった強引な「洗脳」を行なっていた。

そして、洗脳された信者は、何十年経った今でも、まだ犯罪者・松本智津夫(麻原彰晃)を教祖として崇めているのである。

マインド・コントロールの手口とは


カルト教団が使っているマインド・コントロールは、4つのステップから成り立っている。

(1)アプローチ
(2)引き込み
(3)アイデンティティ解体
(4)新思想の維持・強化

カルト教団が生み出したマインド・コントロールの手法というのは、実はたくさんの手法があるのだが、その中でも基本になっているのが、「4ステップ・マインド・コントロール」である。

オウム真理教も、この基本をベースにしていた。

そして、オウムの残党が作ったカルト教団も、またその他のカルト教団も、ほとんどがこの4ステップを実行する。

やり方を覚えていれば、逆に自分がどう取り込まれていくかが理解できる。(2)では引き返せる。(3)に至れば引き返すことは難しい。

(4)まで行くと、洗脳自体は完成しているので、10年経っても20年経っても戻れない。菊地直子や高橋克也に、そういった姿を見ることができる。

(1)アプローチ


(1)アプローチというのは、新人の勧誘だ。書籍や、イベントや、路上でのアンケート調査や、手相占いなどで、異性などが無理やり、執拗に、そして親しげに誘い込むことだ。

「集会に来ませんか?」「DVDを見て見ませんか?」と誘い、途中で抜けても構わない、それは自分で判断していい、と言うのである。

こういった最初の段階ではカルト教団の名前は一切出さず、勉強会、語学学習、自己啓発、ヨガ、ヒーリング、スピリチュアル等のダミーが使われる。オウム真理教もこれをやっているし、今は統一教会の十八番になっている。

集会に連れてこられた信者は、最初は薄気味悪いほど持ちあげられ、賞賛され、親しげに仲間扱いされる。人は誰でも褒められたり認められたら嬉しいので、その集会に親近感を抱くようになる。

一方で、「あなたはまだ本当の人生を生きていない」「今のあなたの状態は地獄だ」と不安を掻き立てて、そのさらに奥へと引きずり込むのである。

(2)引き込み


(2)さらなる引き込みは「ビデオ学習」「擬似修行体験」を通して行われる。しかし、この段階で、なぜその修業が必要なのか、この実体は何なのか、参加者には教えられることはない。

疑問を抱く参加者には「疑問は勉強すれば分かる」と言って、さらに「修行体験」「学習」に追い立てる。

そして、「今やっていることは誰にも言わないように」と秘密保持させて疑問を誰かに相談する機会を奪っていく。

共産主義の世界ではスローガンを連呼させ、マスゲームで一体感を強要する。オウム真理教では、ヨガや瞑想を通じて精神世界を追求させていた。

それぞれやり方は違っても、ここで本人には無意識の刷り込みが行われていく。

ほとんどが肉体を通じた「刷り込み」である。人は身体で覚えたものは「無意識」になっていく。修行が無意識になるというのは、考えなしに身体が反応するということだ。

(3)アイデンティティ解体


(3)アイデンティティ解体は、刷り込みをさらに強化させるために日常生活を「奪う」ことによって行われる。

すなわち、合宿だとか集中講義だとか言われるもので、人里離れた施設に数日間連れて行かれて、そこで一日24時間、徹底的な講義・瞑想・祈祷が行われるのである。

さらにはここで断食や睡眠時間短縮が強要され、生理的剥奪状態から被暗示性を高められる。これによって人間は極限状態に追い込まれていく。

そして、まさにその極限状態の中で、教団の聖的な特徴が繰り返し繰り返し強調されて高揚感が与えていくのである。

このときに、これまで蓄積していた断片的知識がパズルのピースのようにはまっていき、カルト教団の思想に結実する。

信者にとって新しい世界、覚醒した状態になっていき、すべてをカルト教団の思想に沿って考えるようになる。洗脳が成功した状態だ。

(4)新思想の維持・強化


(4)新思想の維持・強化は、さらに自らがカルトの手先として誰かを道に引きずり込むことで完成する。

路上で誰かにアプローチし、カルト教団に引きずり込むのである。その過程で、本人の洗脳もさらに強化されていく。

そして、重要なのは、この段階まで到達すると、自分の言葉で他人を説得するようになるので、洗脳された内容が自分の思想へと転化して、もはや元に戻れなくなることだ。

自分が手に入れたもの、自分が語っているもの、自分が広めるものとして思想が取り込まれている。

この時点でその思想を否定することは、すなわち自分の存在さえも否定するものになってしまう。

そして、この時点で思想を否定することは、自分が説得している相手も、そしてカルト教団も裏切ることになってしまう。

だから、ここに至ると、「もう終わり」なのである。

神を語る詐欺師はどこにでもいる


このマインド・コントロール、洗脳の過程で何が失われるのだろうか。それはその人の自主性であり、主体性であり、個人の人生である。

マインド・コントロールされると、そのトップにある者に全面的な服従を強いられるのである。

すべての宗教は、この(1)〜(4)をやり方や考え方こそ違っても踏襲して信者を服従させて、抱腹絶倒な物語を信じさせているのである。

キリスト教会になぜ説教があってゴスペルがあるのか。イスラム教になぜラマダン(絶食期間)がありコーランの暗唱があるのか。仏教系はなぜお経を執拗に唱えさせるのか。

マインド・コントロールさせるためである。

すべての宗教はマインド・コントロールさせることによって信者からカネを吸収し、さらには宗教に都合の良い方向に世の中を動かして利権を獲得しようとする。

宗教のトップに立つとカネと権力が手に入り、多くの人間を自分の手足のように動かすことが可能になる。

神がいるのかどうかは誰にも分からないが、神を語る詐欺師はどこにでもいる。麻原彰晃のような奇怪な人間はどこにでもいるのである。

これは比喩ではない。

本当に、この世の中には詐欺師と、詐欺師に洗脳された信者で溢れていて、新しいカモがいないか虎視眈々と探し回っている。

しかも、日本だけではない。ありとあらゆる国にカルト教団は育っている。

東南アジアでもフィリピンのイグレシア・ニ・クリストのような土着のカルト教団もある。

そして、これらの詐欺師はすでに実証されている様々なマインド・コントロールを使って、あなたやあなたの家族に仕掛けて来る。

宗教にとらわれてはいけない


現実社会で宗教を信じるというのは、たいていは自分がカモになるということだ。

自分がカモなのかどうか知るのは簡単だ。

自分が宗教にカネをつぎ込んでいるのであれば、それはあなたがカモにされている証拠である。また、自分が宗教に支払ったカネがどこに集まっているのか知らないのであれば、それはあなたがカモにされている証拠だ。

カルト教団のみならず、宗教というのはどれもいかがわしく奇妙なものばかりだ。

キリスト教にしても、ジーザスが処女懐妊で生まれたとか3日後に生き返ったとか、あり得ない話を信者に信じこませようとしているような宗教だ。イスラムもヒンドゥーも似たようなものだ。

宗教にとらわれてはいけない。それは、自分が何かに支配されるということであり、自分の思考を奪われるということである。

だから、もしカモにされたくないのであれば、神がいないことを最初によく知っておくべきだ。

神というのは単なる概念(コンセプト)だと言われている。みんなが共同で信じようと約束した集団妄想なのである。

だから、まずそれを信じないことによって、まずカモにされる機会がかなり減る。

どこの国に行っても、どんな社会になっても、どんな集団に会っても、最初から「神はいない」という事実をしっかり持っていれば、それに飲まれることがない。

そして、以下を気をつけておくべきだ。

・荘厳なものに騙されない。
・救済されようとしない。
・他人に言われて自己変革しない。
・他人に言われて潜在能力を引き出そうとしない。
・親密だが正体の分からない集団と接しない。

人は誰でも悩みもあれば、苦しみもある。病気もあれば、仕事の失敗もある。詐欺師はあなたがもっとも苦しいときにやってきて、さらに悪夢の奥底にまで引きずり込んで行く。

口当たりの良いものは常に危険だ。

詐欺師は悪魔のような格好でやってくるのではない。詐欺師は天使のような格好でやってきて、最後は悪魔のように振る舞う。

自分だけ勝手に救われようと思うからワナに落ちる。

オウム真理教の信者たちの姿を見れば、いよいよそんな下らないものを信じてはいけない時代になったのだと分かる。

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